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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1783号 判決

控訴人

有限会社未広商事

右代表者

酒井たけ

右訴訟代理人

高橋勲

ほか二名

被控訴人

(旧名称・聖書農学園)

学校法人聖書学園

右代表者

大羽弘道

右訴訟代理人

松本義信

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、金三二〇万円及びこれに対する昭和四七年八月一一日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一・二審を通じ五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一学校敷地売却の経緯及び控訴人の媒介

〈証拠〉を検討すると、次の事実を認めることができ、右各証言供述中この認定に反する部分は、措信しない。

一、控訴会社は、不動産売買の媒介等を業とし、昭和四六年秋訴外日田木材株式会社(以下、「日田木材」という。)から建売住宅の用地として五、〇〇〇坪ないし一〇、〇〇〇坪の土地買付の媒介を委託された。一方、被控訴人は、株式会社千葉相互銀行その他からの借入金等の債務が元利合計約三億円に達し、右債務を弁済するため、被控訴人の経営する聖書学園高等学校の敷地を売却することを決め、昭和四六年頃東京建物株式会社及び東急不動産株式会社と売買の交渉を進めたが、いずれも不成立に終つた。

二、控訴会社専務取締役酒井康行は、被控訴人において右学校敷地を売却する意向のあることを知り、昭和四七年四月二五日頃聖書学園高等学校に出向いて校長市東幸三に面接し、同校長から学校敷地売却の意向を確認し、売却条件等の具体的のことは被控訴学園の顧問弁護士松本義信(本件被控訴代理人)に問い合わせるようにと言われ、早速同弁護士に電話し、面会を申し込んだところ、被控訴学園理事大羽弘道が渡米中のため、同年五月五日の帰朝を待つて面会するとの返事を受けたので、同理事帰朝の上面会することとし、この間、同月二日頃日田木材の社長青木広外会社幹部二名を同高等学校に案内し、同幹部らから買受についての強い希望が述べられた。

三、酒井康行は、大羽理事の帰朝を待つた上、同年五月六日頃松本弁護士の事務所を訪ね、同事務所で大羽理事及び松本弁護士に面接して両名から学校敷地売却の意思のあることを確認し、日田木材から買付の委託を受けている旨を告げたところ、右委託を証する書面の呈示を求められた。この席上、大羽理事から売値として四億円近い線を希望する旨告げられ、その際、酒井康行は、被控訴人からは仲介手数料を求める意思のないことを告げた。酒井康行は、日田木材に右会合の模様を伝えたところ、日田木材は、買値希望価額が三億五、〇〇〇万円であると述べ、買付委託を証する書面(乙第一号証)を作成して、これを酒井康行に交付した。酒井康行は、同月九日頃本件控訴代理人高橋勲を同道して松本弁護士事務所に行き、同弁護士に乙第一号証を示した。この時、松本弁護士は、売値三億九、〇〇〇万円支払方法契約時三〇%中間三〇%最終回四〇%の具体案を示したので、酒井康行は、日田木材にその旨を伝えたところ、日田木材は、代金の支払方法については了承したが、代金については三億五、〇〇〇万円を譲らず、酒井康行は、その旨を大羽理事に連絡した。すると、大羽理事は、同月一三日頃突如控訴会社事務所を訪ね、酒井康行に対し、仲介手数料を支払うゆえ売買代金三億七、〇〇〇万円でまとめてもらいたい旨奔走方を依頼した。

四、日田木材は、この間にあつて、従前からの取引先である株式会社千葉相互銀行からの融資をもつて土地購入資金とすることを考え、また、前記学校敷地には、同銀行を大口債権者とし、七名の債権者のために抵当権が設定されていたので、融資のみならず、土地代金の支払と右抵当権設定登記の抹消についても同銀行の協力を得べく交渉し、いずれも、同銀行本店長池田祐享の内諾を得た。このように、日田木材としても被控訴人としても同銀行の介入を得た方が取引が円滑に運ぶことになるので、酒井康行の斡旋により、同年五月一五日同銀行本店において関係者の第一回会合がもたれた。この会合には、日田木材側から経理部長山下直勝、被控訴学園側から大羽理事らが出席したほか、池田本店長及び酒井康行らが出席した。この会合においては、土地の売買代金を中心に意見が交換され、買主側は三億五、〇〇〇万円を主張し、売主側は三億七、〇〇〇万円を主張し、折り合わなかつたので、池田本店長の提案を受け、相互に三億六、〇〇〇万円前後で検討することとし、この日は別れた。大羽理事は、同月一九日被控訴学園の理事会を招集し、この席上千葉相互銀行本店における会合の模様を説明し、学校敷地売却代金三億六、〇〇〇万円、控訴人に支払うべき仲介手数料をその一%として交渉する理事会の決議を得たので、翌二〇日酒井康行を国鉄千葉駅地下の喫茶店に呼び出し、理事会の決議を伝え、さらに、控訴人に支払う仲介手数料は四〇万円増額し四〇〇万円とするゆえ、売買代金は是非三億六、〇〇〇万円でまとめてもらいたい旨懇請した。一方、日田木材も売買代金三億六、〇〇〇万円を諒承する旨酒井康行に伝えてきた。そこで、酒井康行は、双方同席の上意思を確認することとし、同月二三日千葉相互銀行本店において関係者の第二回会合がもたれた。この時の出席者も日田木材の青木社長が加つたほか前回と同じであつた。この第二回会合において、売買代金を三億六、〇〇〇万円とすることが確認され、仲介手数料につき、控訴人は一、〇〇〇万円を主張したが、池田本店長の斡旋により、日田木材、被控訴人とも各四〇〇万円合計八〇〇万円とすることを関係者一同諒承した。この席上、大羽理事から、校舎移築等についての日田木材の協力を同時に取り極める提案が為されたが、日田木材は、右協力は土地売買と切り離し、別に考慮すべきであるとし、右提案を拒否した。右のように、売買代金及び仲介手数料についての合意を見、売買契約書は同年六月上旬頃に作成し、売買契約書作成の時点において売買代金の三〇%及び仲介手数料の授受をし、売買代金の残額は、控訴人の抵当債権者に対する交渉経過を見、抵当権設定登記の抹消登記の見通しがついた旨の控訴人からの連絡を待つて支払うこととし、関係者一同は、池田本店長の案内で、同銀行吉成専務取締役及び三浦審査部長に挨拶し、合意の内容を報告した。

なお、売買の目的土地は、〈証拠〉によると、控訴代理人主張の土地のうち九〇二番八宅地191.40平方米を除いたその余の七筆であると認められる。

五、被控訴人は、千葉相互銀行本店における第二回会合において、日田木材に対し、右土地を売ることを約し、その代金を定めたのに拘らず、日田木材にも控訴人にもなんら連絡することなく、同年六月七日岩渕産業株式会社に右土地を含む八筆の土地面積合計20818.84平方米を代金三億七、八〇〇万円で売却し、同月二〇日所有権移転仮登記を経由し、千葉相互銀行本店における第二回会合の約定を無視し、日田木材との売買契約書を作成せずに今日にいたつている。

第二被控訴人の控訴人に対する売付委託及び日田木材・被控訴人間の売買の成否

右に認定したように、大羽理事あるいは松本弁護士は、日田木材から買付を委託された控訴人に対し、当初は、土地売却の意思のあること及び代金の額・その支払方法についての希望を述べ、受動的立場を採つていたのであり、この限りにおいては控訴人に対する売付委託は認められないが、大羽理事が、昭和四七年五月一三日頃自らの自発的意思で控訴会社事務所を訪ね、酒井康行に対し、仲介手数料を支払うゆえ売買代金を被控訴人の希望する三億七、〇〇〇万円でまとめてもらいたい旨奔走方を依頼した時点において、被控訴人の控訴人に対する立場は、これまでの受動的立場から能動的立場に変わり、売付を委託したと認めるのが相当であり、国鉄千葉駅地下の喫茶店における控訴人に対する申入は、委託の内容である仲介手数料の明確化と売値の変更と見るべきである。

控訴代理人は、昭和四七年五月二三日つまり千葉相互銀行本店における第二回会合において売買が成立したと主張する。確かに、右会合において、土地所有権の移転と代金の支払という売買の要素についての合意を見たのであるが、右合意をもつて直ちに売買の成立と見るべきかについては、なお検討を要する。

売買には、契約と同時に目的物と代金とを相互に交付し合う現実売買もあり、また、目的物引渡義務及び代金支払義務の双方または一方の履行を将来に残す売買もある。これは、履行の面から見た類型であるが、売買の目的物の面から見た類型もある。動産の売買と不動産の売買、あるいは、重要な財産の売買と重要でない財産の売買というが如きである。売買の成立要件として、財産権の移転及び代金の支払に関する双方の意思表示の主観的及び客観的合致が必要であるといわれるが、これはあらゆる類型の売買に共通する要件であることを意味し、この要件を具備しない以上いかなる売買も成立しないことを意味するものであつて、逆にこの要件を具備する以上類型の如何を問わず売買が成立したとするのは、一般を以て個別を律する誤ちを犯すことになる。民法一二条は、「不動産又ハ重要ナル動産」とそうでない財産につき準禁治産者の法律行為の効力に差をつけているが、財産の類型により差をつけるのは、ひとり法律ばかりでなく、私人の売買においてもしかりである。本件では、土地所有権の移転と代金の支払についての合意はあるのであるが、売買契約書を作成し、これと同時に内金三〇%を授受することとしたのにかかわらず、作成されたいままになつている。そこで、問題は、本件の如き相当高額な土地という類型に属する目的物の売買において売買契約成立の時期をどう捉えるかということである。相当高額の土地の売買にあつては、前示要素のほかいわゆる過怠約款を定めた上、売買契約書を作成し、手付金もしくは内金を授受するのは、相当定着した慣行であることは顕著な事実である。この慣行は、重視されて然るべきであり、慣行を重視する立場に立てば、土地の売買の場合、契約当事者が慣行に従うものと認められるかぎり、右のように売買契約書を作成し、内金を授受することは、売買の成立要件をなすと考えるのが相当である。本件では、右慣行に従わないとする明示の意思表示はなく、慣行のように売買契約書を作成し、この時点で内金を授受することに合意していたのであるから、売買契約書を作成し、内金が授受されない以上売買は不成立というべきである。

第三売買不成立の場合における控訴人の報酬請求権の帰趨

控訴代理人は、民法一三〇条の適用により報酬請求権があると主張する。

以下不動産売買仲介契約の性質、効力、売買の成立が仲介契約の条件か否か、民法一三〇条の適用ないし類推適用を認むべきか否かにつき順次検討してみよう。まず、不動産売買仲介契約がいわゆる民事仲立の一種であることは疑いないが、これには二つの類型がある。専属的仲介と単純仲介がそれである。前者は委託者が当該仲介業者の仲介提供の受領義務を負い、その業者の同意なく他の仲介業者に重複して仲介を頼み、又は自ら相手方と交渉することを禁じ、中途解除を制限する等の特約をしたもので、後者はかかる特約のないものである。本件で、かかる特約のないことは、〈証拠〉で明らかであるので、単純仲介に限定して論を進める(さらに、単純仲介であつても仲介業者が委託者から代理権を付与される場合もあるが、本件はこれにあたらないので除外する)。

第一に、単純な不動産売買仲介契約の性質および効力である。委託者は仲介の受領義務を負わず、仲介業者から恰好の給付を提供されてもその受領を拒絶する自由があり、同一物件につき同一内容の仲介を二人以上の仲介人に同時に委託した上、委託者の気に入つた仲介人の仲介を選択する自由があり、委託者は特別の事由がなくてもいつでも仲介委託契約を解除できる。他面、仲介業者も業務を行うに際しては専門的な知識と経験に基き不動産売買に過誤のないよう各種の注意義務を負うが、積極的に売買の相手方を探し、売買を成立させるべきいわゆる奔走義務を負うものではない。仲介業者の仲介に因て売買が成立した場合、仲介業者の報酬請求権(委託者の報酬債務)が発生するだけで、それ以外に費用請求権はない。当事者間に特約がなければ、右のような効力にとどまる。従つて、不動産売買仲介契約はいずれの典型契約にも属しない無名契約であつて、具体的事情に応じ、委任・請負・商事仲立・雇傭等に関する規定が類推適用されるほか、宅地建物取引業法による行政的取締規定が適用される。

第二に、仲介業者の報酬請求権は業者の仲介に因る売買の成立によつて発生するので、売買の成立は報酬請求権の停止条件か否かである。停止条件とは法律行為の効力の発生を、将来の成否不確実の事実にかからしめることを内容とする効果意思である。しかし、報酬請求権を伴う不動産売買仲介契約は有償契約であつて、仲介に因る売買の成立と報酬請求権とは相互に対価関係に立つ給付であつて、前者の給付があるから後者の給付がなされ、後者の給付がなされるから前者の給付があるという相互関係である。仲介業者の報酬請求権が売買の成立によつて発生するというのは、右のような有償対価関係、対価的相互関係そのものにすぎない。あたかも、売買において売主が対象の財産権を買主に移転する債務を負うが故に買主はその代金債務を負うという対価関係に立つので、もし、何らかの理由で売主の財産権移転債務が原始的履行不能のため発生しない場合には、買主の代金債務も発生しない。換言すれば、売主の財産権移転債務の発生によつて代金債権も発生するわけである。かかる関係は有償契約の対価関係それ自体であつて条件ではない。従つて、有償契約において対価関係にある給付相互はたとえ将来の成否が不確実であつても条件ではないと解するのが相当である。

第三に委託者が仲介業者の提供した恰好な給付の提供を拒絶した場合、民法一三〇条の適用ないし類推適用を認むべきか否かである。このことは売買の成立を報酬請求権発生の停止条件と解した場合でも、右拒絶が同条にいう「当事者カ故意ニ其条件ノ成就ヲ防ケタルトキ」にあたるか否かという意味で問題になるし、かりに売買の成立が報酬請求権発生の条件でないとしても実質的に右と同視すべきでないかという意味で問題になる。元来、民法一三〇条の立法趣旨はいわゆるクリーン・ハンドの原理に由来する。「条件ノ成就ニ因リテ不利益ヲ受クベキ当事者」が「故意ニ其条件ノ成就ヲ妨ケタルトキ」とは条件成就を妨げる行為自体が違法なものでなければならない。自らした違法な行為を自らの利益のため主張することを許されない原理だからである。しかるに、不動産売買仲介の委託者は前記のように、仲介業者から恰好の給付を提供されてもその受領を拒絶する自由があり、特別の事由がなくてもいつでも仲介委託契約を解除できるのであるから、仲介業者が提供した恰好の給付の受領を単に拒絶したからといつてそれだけで違法性を帯びるものでない。従つて、かような場合に民法一三〇条の適用ないし類推適用がないと解するのが相当である。

しからば、仲介業者即が売買成立のため相当な労力を払い通常の成行ならば売買が成立するであろうと客観的に考えられる段階に至つて、委託者がこれを拒絶するか、又は仲介業者を出しぬいて直接相手方と交渉して売買契約をした場合、あるいは委託者が別個の第三者と売買契約をした場合、仲介業者は泣き寝入りをしなければならないのかが問題となる。まづ、前者の直接取引の場合、仲介業者の仲介行為と売買の成立との間に―たとえ本人間の直接交渉が介在したとしても―相当因果関係の存在が認められる以上、売買が成立しているので仲介業者は所定の報酬請求権を取得すると解すべきである。しかし、右相当因果関係が認められない直接取引や第三者との取引成立の場合には原則として仲介業者の報酬請求権は発生しないが、かような結果が信義則に反すると考えられるような特別の事情がある場合には民法六四一条、六五一条二項、六四八条三項の類推適用があると解するのが相当である。けだし、不動産売買仲介契約に右各条の適用ないし類推適用がないという原則は、前記のような委託者の自由から導かれるものであるが、委託者が信義則に反してこの自由を濫用したと認められる特別の事情がある場合には、委託者の自由を尊重すべき根拠を欠くからである。もつとも、かかる場合こそ民法一三〇条の適用ないし類推適用を認むべしとする考え方もあるが、民法一三〇条によれば条件成就とみなされ、仲介業者が所定の報酬請求権全額を取得することを是認しなければならない。しかし、それでは仲介業者に不当な利益を得させる虞れなしとしない。けだし、この場合仲介業者の仲介行為と売買成立との間には、相当因果関係が存在しないのであるから、具体的事情に応じ仲介業者のした労力成果に相応する額の報酬請求権又は損害賠償請求権を取得させる方がより妥当だからである。

そこで、本件において委託者たる被控訴人が仲介業者たる控訴人の提供した売買の仲介を受領しないで、第三者である岩渕産業株式会社に対し、本件土地を売却したことが、右にいう信義則に反する物別事情にあたるか否かを検討しなければならない。前記認定事実によれば、委任者である被控訴人は控訴人に売付を委託した土地につき控訴人の仲介に基き日田木材との間に売買の事実上の合意が成立し、契約書作成の手筈までとりきめたに拘らず、その後控訴人の同意を得ないのは勿論、何らの連絡もしないで、より以上高額の対価をうる目的で岩渕産業株式会社に売却し、所有権移転仮登記を経由したことにより履行の半途において終了したものというべく、右終了につき受任者でみる控訴人の責に帰すべき事由はないのみならず、被控訴人の右行為は信義則に違背するものと解せざるを得ず、控訴人は、被控訴人に対し、民法六四八条三項により割合報酬を請求しうる。本件の場合、控訴人の媒介により、最も重要である代金の合意を見、売買契約書の作成及び契約による各種義務の履行を残すのみであつたことを考慮するとき、割合報酬は、約定による報酬の五分の一を減じた三二〇万円とするのを相当とする。

第四結論

以上認定のとおり、控訴人の本訴請求は、約定報酬四〇〇万円のうち三二〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和四七年八月一一日以降完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度において正当であり、その余の請求は不当として棄却すべきであるので、控訴人の請求を全面的に棄却した原判決は不当であり、これを変更すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(伊藤利夫 小山俊彦 山田二郎)

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